ビジネス徒然草‐19

自分をつくってくれた5人を思って・・・。
幼き頃に「リーダーとしての覚悟」と「継続は力」を教えて頂いた。

私は、世にいうところの団塊世代に属している。1950~60年代には児童・学童・生徒の立場で過ごしたことになる。その折、小学校の恩師・会田吉之典(あいだ きちのすけ)先生との出会いが、私の人生そのものに大きな影響を与えて下さったと、今も強く感謝の念を持っている。昭和3年生まれの先生がもしご存命であれば、90代。お好きだった日本酒を飲みながらの教育論を語っておられるだろうか。
私が入学した小学校は、杉並区立井荻小学校。1954年のことである。団塊世代が学齢期に達して小学校が足りない。急遽新設された、まだ設立2年の学校であった。クラスは4組。1学年200名を超すほどの児童数であったかと記憶している。そして、教室で出会った先生が会田先生。1&2年生のクラス担任をして下さった。
どうやらその間に私は、先生にとって大きな思い出になることをしたようだ(本人はさほど鮮明な記憶としては残っていないのだが)。ある日の時間割を変更して、午後の時間を校庭で運動をしようといったことを先生が覆したことがあったそうだ。その折に私は、一人つかつかと先生の前に行き「先生の嘘つき!!」と大声で言ったそうだ。さらに「今日やることは今日やるって、先生は言ってた」と、立て続けに言ったとのこと。私自身は覚えていないのだが、先生は「うん、その通りだ。先生が間違っていた」と言われて、当初のように午後の授業は校庭で動き、はしゃぐ時間になったとのこと。
そんな記憶に残る子の担任として、縁があったからであろうか、5&6年生の折もクラス担任としてご一緒する機会を頂戴した。その頃の自分は、男子の中で比較的「お山の大将」的な存在になっていた。先生は、それをさらに伸ばして下さり、集団におけるリーダーは、自らの利よりも他のメンバーの利を優先で考える「利他」の教えを強く受けた。出しゃばって自分が何かをするのではなく、他者を慮りながら集団(クラス)全体のことを考えて行動すること。自分には、今もその意識は強くある。
また、どのような小さなことも続けてやることによって、自らの力の素になることも教えて頂いた。小学校卒業の折には、児童一人ひとりに、それぞれに合った言葉をかけて下さったが、私には「継続は力」という言葉であった。これもまた、今もって心に深く納めて実行していることである。
小学校6年間。最初と最後の各2年、計4年間にわたるご縁を頂戴したこと。クラスは6年を通じて4組であったこと。運動会では、毎年白組であったこと。他人にとっては些末なことであっても、本人にとっては重要なこと。会社をスタートさせた折にも、わざわざ電話を頂いた。「ゆうちゃん(私の小学生時代の呼称)、やったな」の声。小学生の折に、将来の夢は社長になると作文に書いた子の会社設立を忘れることなく声掛けして下さった会田先生。先生の教え子は70代。今も、先生の教えの声が聞こえます。

清野 裕司
株式会社マップス

 

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一刻一歩に最善を尽くそうと今もする。変わる鋭さと変わらぬ頑固さがある。

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