感じたままに書かれた文章には、発信者の想いが溢れている。
ビジネスのさまざまな場面で「提案力」「企画力」の必要性をよく聞く。
従来からも、企画することの重要性は唱えられてきたのだが、現在の経営環境にあっては、従来にはない新しい発想が待たれていることも確かである。
提案するということは、まだ知られていないこと、思いついていないことを「気づかせる」ことから始まるもの。既に分かっていることを改めて言われても、さしたる驚きもなく、「言われるまでもないこと」と無表情な答えが返ってくることになるであろう。「気づき」を提示することは、聞く側にとっての感動を演出することに繋がる。そこにこそ、企画提示の楽しさ、面白さがある。何も知ったかぶりをして告げることではない。新しい見方や考え方を提示することである。マーケティング・スタッフに求められる資質やセンスは、自分自身の「気づき力」にあるといえよう。
世の中にある現象や事実に対して、自らが先ず疑問符を投げかけて考えてみる。「なぜこのようなことが起きるのか、なぜ今、このような商品や店が受け入れられるのか・・・」幾つもの疑問を自分自身に投げか
浮かんでくる。そこからが問題。書き残しておかなければ、自分の気づきがどこかに飛んでいってしまう。忘れてしまうことになる。
折角思いついたのに、あの考えは何だったか。後になって思い出す。そして企画書に自分の想いを書き込もうとすると「作文」になってしまう。抽象的な文章が並び、現象や事象は丁寧に説明しているのだが、感動を呼ぶことはない。心が揺れない。作り込まれた文章は、どうしても説明的になってしまう。必要なことは、自分が感じたことをそのままに表現する「感文」にある。美しいものを「美しい」と書き込む力。感じたものがそのままに表現されることが、人への気づきを提供するものである。
マーケティングは、未来を予見し、まだ見ぬ世界を描き出すビジネス・アプローチである。作り込まれた「作文」よりも、自分自身が感じた心から発信された「感文」にこそ夢の説明力が内在していると、私は思っている。
Managenment Partner Staff
清野 裕司